匿名有名考 - 議論の意義に照らして2007年02月13日 20時11分23秒

むしろ記者は,名の通った有名人が発言することによって,それまで活発だった議論が一気に止まってしまう,といった“署名のデメリット”に対して危惧を抱いた。これは読み手としても書き手としても不幸なことである。そして,匿名にすることによってコンテンツと人格を切り離せば,人格にヒモ付いた権威などの先入観を排除した純粋なコンテンツとコンテンツのバトル(闘い)ができる---という確信を持った。署名文化の浸透は,発言者の人格と発言内容をセットでしか考えられなくなる状況を生む恐れがあるのだ。

どうしても、既にわかりきっているはずのことについて引っ掻き回すだけのディベートゲームに、価値を見出せないのよね。議題を例示するならば、「納豆は体にいいか悪いか」、みたいな。「ばい菌使って腐らせた豆が体にいいわけ無いじゃないか」みたいなことをわざと言ってみせたりして議論を盛り上げたりするわけだけれども、何が面白いのかさっぱりわかんない。んで、食品に詳しい有名な専門家とかが出てきて、納豆の成分表を持ち出してめちゃめちゃ的確に説明したりすると、「しらけた!貴様はつまらん!この○○メ!空気嫁!」とか逆切れしたりするんでしょ? もういいじゃん、そういう「なんちゃって議論ごっこ」は。やりたきゃ壷にでも逝ってそゆのが好きな人たちと仲良く勝手にやっててよ。

おいらは何度か書いてるけれども、議論を行うことの意義ってのは、知識を高めあうことなんだと思うのよ。だからその議論の中に、特定の知識に詳しくて、確かなことを言ってくれる人が参加してくれるというのは、非常にありがたいことだと思う。だから、おいらとしてはそういう人にこそ、むしろ匿名なんて使わないで、身分を明かして欲しいと思うわけですよ。身分を明かさないまでも、せめてハンドルぐらいは使って欲しい。普段どういうことに関心を抱いていて、どれだけのクオリティーで言葉を発しているのか、ということが分かるだけでも参考の度合いは違ってくる。

で、そういう人が発言することによって、議論が止まってしまうんだとしたら、そもそもそんな議論を行うこと自体、その程度の価値しかなかったと言うこと。まったく無いとは言わない。検索してもなかなか見つけられなかった情報が得られたと言うだけでも十二分に価値はあると思う。でも、実際にはそこで議論が止まってしまうのではなくて、その情報を踏まえたうえで、更に次元の高い議論へと発展させられたり、その情報を利用した何らかのアウトプットを作り出せたりするからこそ、議論というものには意義があるんじゃないの? そうじゃない議論ごっこは単なるゲームか喧嘩であって、暇を潰すぐらいの価値しか無いんじゃないかと思う。

以上、暇つぶしの戯言でしたと。

lwp-request コマンド2007年02月13日 22時31分52秒

ほほぅ、こりゃなかなか便利かも。

GET コマンドは Windows 版 Active Perl には含まれていたのですが、おいらの手元にある Cygwin 環境、および Gentoo Linux 環境には含まれていませんでした。こいつの正体は lwp-request コマンドで、こちらは Gentoo Linux 環境にも入っていました (Cygwin には入っていませんでした…Cygwin は大分前にインストールしたまま無メンテなので、lwp-request コマンド自体、結構最近作られたものなのかもしれません)。

GET コマンドや HEAD コマンドが見当たらない (そして欲しい) 場合は、lwp-request コマンドのシンボリックリンクとして作ってあげれば ok みたいです。