「少年は剣を…」は発売日前日のみオリコンデイリーランクイン ― 2006年10月05日 22時08分02秒
………(-_-)<ファンは正直だ。
まぁ本人が楽しくないんじゃな。 ― 2006年10月05日 00時07分52秒
Sound Horizon の 1st マキシが今日 (日付的には昨日) 発売された。おいらは「第二期」Sound Horizon には未だ興味を示せずにいるため、これは買っていない。講評は実際に買った人にお任せしようと思う。参考までに、Amazon における反応にリンクしてみますか。第一期を知らない人、状況がよく飲み込めていない人のコメントなどもあって、なかなか見ていて微笑ましいです。悲観的なコメントに対して作為的なまでに「参考にならない票」が注ぎ込まれているのもまた微笑ましく。。。;-p
んで、領主サイトにおける 9/24 更新時点での領主の言葉を、ここでなんとなーく引用してみたくなったりするのでありますが。。。
今はアルバムを創る為だけに生きてます。
このところ変なテンションになっているかも知れません。
相当厳しい状況が続いているのですが、何とか頑張ってます。
クリエイターなんてものは苦しむことにこそ価値があるのだと思います。
楽しくなければ続かないけれど、楽しいだけじゃ辿りつけない場所がある。
その苦しみの一つ一つが受取る人間の楽しみに変わると思ってます。
とりあえず、楽しみにしていて貰えれば嬉しいです。
んー。今日更新された記述からもまた興味深いコメントを見つけたので、そっちも引用してみますか。(魚拓)
流石にこのオーバーワーク感とストレスは凄いです。
いくら好きなことをやっているとは言え、この疲労感はヘビィですね。
最近ちょっとした円形脱毛症になりました……なんと髭が。
うわぁ。人間そんなとこも禿るんですね。人体の神秘恐るべしっ。
とりあえず一段落して休んだら、また生えて来ると信じて頑張ってます(苦笑
プロのアーティストはどんな形であれ、苦労自慢をしてはいけないと思う。彼は今、恐らく音楽を心から楽しんではいないのだと思う。いや、本当は楽しんでいるのかもしれないけれど、こういう発言を見てしまう限りにおいて、楽しめていないように感じてしまう。楽しんで作っていない人の作品を、楽しんで演じていない人の演奏を聴いても、多分楽しめないと思う。尤も、これはおいらの持論なのであって、それでも満足する人はきっとたくさんいらっさるんだろうけれども。
。。。つか、「頑張ってます」連発するなよ。激しく痛々しい。
TRITON の Factory Preload Data Disk がぶっ壊れた ― 2006年08月28日 22時15分15秒
デモディスクなんていらんやんとか言われるとちと辛いわけだが \(^O^)/ 。
KORG の英語サイトのこのへんから探したら見つかりますた。ありがたい。。。
高校野球の応援歌 ― 2006年08月07日 22時21分05秒
高校野球の中継を見ていると、なんだかやたらと懐かしいメロディーのオンパレードだったりして、感慨深いものがある。。。
てゆかさぁ、いくらなんだって「ガラスの十代」は無いだろう。野球と全然関係ないし、おまいら生まれてないし。
SOUL-D! 「soulflavor」 ― 2006年07月28日 13時15分37秒
「soulflavor」 (SOUL-D!)。なんなんだこの圧倒的なかっこよさは。
引越し以降箱詰めにされたまま放置されていた音楽 CD の類を整理、っていうかよーするに iTunes に食わせまくっているわけなんだが、昔 M3 で購入した、インディーズバンドの寄せ集め CD の中にこの「SOUL-D!」によるナンバーが 2 曲ほど入っていて、この人たちまだ音楽続けてるんかなーとか思いながらぐぐってみたらこのアルバムの存在を知ったので勢いで Amazon にて購入。
視聴はここでできるよ。カテゴリ的には、なんだろ、Rock'n Rap? Rock'n Shout? いや、サウンド的には圧倒的に Rock なんだけど、やっていることは初期の Dragon Ash にも近い気がする (本当に初期の頃は結構好きだったんだけどね。。。単なる Hip Hop 集団になっちゃってからどうでもよくなっちゃったけど)。でもバッキング (なんて言っちゃ失礼なくらい存在感あるけど) のサウンドは圧倒的に生でパワフルだし、歌声もとても綺麗なのに力強い shout だ。久しぶりに、衝動買いするに値するアルバムに出会えて本当にうれしい。激しくオススメ(*^-^*)。
しかしプロフィールを見ると、インディーズでありながらアメリカでツアーまでやってるって言うんだから大したもんだわ。そこから 3 年近くも沈黙してたのが不思議な気はするけど。
残念だったね。 ― 2006年05月29日 23時33分40秒
5/28 にラフォーレにて行われた Sound Horizon のライブを観に行ってきましたよ。
感想は、一言で言い表すならば、まぁ、表題の通り。いや、おもしろかったよ。面白かったけど、今後彼 (ら?) がああいう形でのステージを繰り返すのであれば、まぁ今回の一回だけ観ればおいらは十分かな、という感じ。次あったらまた観に行きたい、と思わせるものではなかった。
歌い手さんについて。
Aramari たんを失ったのは大きな損失であったと思う。
今回のライブで参加した歌い手さんは、じまんぐとはるかたんを除けば、YUUKI、KAORI、REMI の 3 人である (登場順に並べてみた)。3 人とも、歌は非常にうまかったと思う。また、それぞれに特性のある歌い手であったとも思う。YUUKI は声量が多くて力強く、また立ち振る舞いも激しいロック・ポップス向きの歌手だ。KAORI は主にバックコーラスを担当することが多かったようだが、丁寧に歌う人だなという印象を受けた。安定感は十分だと思う。REMI は恐らく声楽出身の方ではないかと御見受けする。非常に澄んだ声で、音程の幅も広く、圧巻して「上手い」と思わされた。love solfege で歌っているりんなさんかとちょっとだけ思った。あとでりんなさんの歌ってる曲聴きなおしてみたらじぇんじぇんちがってたけど。
んで、それだけ歌が上手い人が揃っていてそれぞれに個性があるなら問題ないじゃん、とか思われそうなんだけれども、そうではないのだ。なぜなら、彼女たちが紡ぐ歌声によって織り成されるサウンドが、Sound Horizon として期待されていた音楽なのかといわれると、それは違うんじゃないかと言う気がどうしてもしてしまうからだ。
音楽を構成する要素はメロディーとリズムとハーモニーだなどとよく言われるが、実際に一つのトラックを、あるいはステージを作り出す上では、様々な要素がそれぞれに融合して重要だったりする。例えばそれは演奏における技巧であり、迫力であり、魂の揺さぶりであり、あるいは歌声であり、ダンスなどの立ち振る舞いであり、更にはビジュアル的に訴えるいくつかの演出であり、照明であり、それから音響であったりミキシングであったりマスタリングであったり、MC であったり寒いギャグであったり、隠し持っているカンペであったりするわけだ。
でも、例えば一つの楽団を形成する上で、あるいは一つのナンバー (もしくはアルバム、ステージ) を構築する上で、もっとも大切なものは、歌の上手さでも曲の出来のよさでも演奏のレベルの高さでもなくて、それらが一体どういう色を持っているのか、そしてその色が特別な色なのか、ということだと思うのだ。言葉にして言い表すならば、それは「個性」 (personality) と「独自性」 (originality) である。
そういった枠組みで捉えるならば、Sound Horizon の楽曲が持つ独自性はあくまで「物語」であり、さまざまな曲調の中で歌い手たちが演ずる「キャラクター」において、その個性は放たれていた。
言うならば、Aramari たんやじまんぐやはるかたんなんかはそれが出来る人たちであり、YUUKI さんや KAORI さん、REMI さんなんかはそれが出来ない人たちなのではないかと思うのである。だから単純に歌唱力だけを比較し評価するならば、今回のステージに立った歌姫たちは Aramari たんに引けを取らないどころかむしろそれ以上の実力のある方々なのだろうと思うのだが、Sound Horizon として求められるべき魅力を、彼女たちが持っているのかと問われると、今回のステージを観た限りでは激しく疑問なのである。
ていうかね。Chronicle や Elysion のナンバーを演奏するのはいいんだけどさ、Aramari たんによる語りの部分をばっさり切り落とした上、やれロックだのジャズだのにリアレンジして面白おかしく演奏されたところで所詮はカラオケなのですよ。夜のヒッパレかっちゅーの。本人は歌えないルールです、ってか? そんなんで中途半端に盛り上げてみたところで、虚しさが広がるばかりじゃないですか。。。(T-T)
演出について。
じまんぐは基本的にライブをやりたい人なのだと思う。もっと的を絞って言うならば、とにかく盛り上げたいと言うだけの人なのだと思う。
だからこそ、「作品を創りたい」人であるはずの Revo やんが彼の手綱をしっかり握っていなければ、かつての格調高い作品を創出することは困難なハズなのである。んが、今回のステージでは敢えて手綱を緩め、彼の独壇場とさせることでステージを盛り上げることに成功した。
前回なかの ZERO で行われたステージは、むしろ演劇に近いものであったと思う。そういう演出手法が採用された一番の理由は、そのステージ自体が、既に発売されていたアルバム CD 「Elysion ~楽園幻想物語組曲~」にて描かれていた物語を、そのままステージバージョンとして描こうとしていたものだったからだ。ただ単に曲数集めて演奏しよう、というものではなくて、あくまで一つの物語として、ステージを完結させていた、すなわちステージ自体が一つの作品になっていたわけなんである。
だからこそ、その映像が納められた DVD も一つの作品として価値があると思ったし、もしまた次にステージがあるならば、今度はどんな物語が、どのような演出で描かれるのか、非常に楽しみであり、是非また観に行きたい、と思わせるものであったのだ。Sound Horizon の面白みは、まさにそこにあるのである。
しかし先日ラフォーレで行われたステージはあくまでライブである。それも、是といって物語のようなものを想定したわけでもなく、新曲はいくつかあったが、全体としてはとにかく曲数を集めてみましたという感じの、何の変哲もないライブだったのである。
集まった観客は、確かにそれなりに盛り上がっていたと思うし、それなりに楽しんだと思う。おいらもそれなりに楽しかったよ。でも、こういうライブは一度見ればもう十分なんである。DVD とか出ても多分買わないのである。それどころか、この手のライブを見たいのであれば、もはや Sound Horizon である必要さえないのである。もっとギターが上手くて途中で躓いたりしない演奏してくれるバンドのライブでいいのである。
なによりかにより、今後のことを考えるのであれば、今回のような、演出的にじまんぐにおんぶにだっこという状態ではどうかと思う。
それからもうひとつ。
Revo は歌わんでいい。あんまり上手くないんだから。
観客について。
気になったことをいくつか箇条書きにしてみる。
- 「領主さまぁ~♪」という黄色い声援がやたらと目立った。Revo 人気がこんなに高まっているとは知らなんだ。。。
- Elysion だけでなく Chronicle 2nd も良く知っていらっさる方々がほとんどだった模様。つまりほとんどが古くからのファンなんだと思う。
- でもその割には、「恋人を射ち堕とした日」が演奏されたときに、「あなた~を~射ち~堕~とす~♪」の部分で片手を上から前へ振り下ろすリアクションを取って見せた人は (おいら以外) 見当たらんかったなぁ。なかの ZERO のステージを観に来ていた人たちは今回はあんまりいらっさらなかったのかな?
- それから、観客側から冗談 (やじ?) が飛ぶシーンが多かった中で、Aramari たんについて触れる人がまったくいらっさらなかったのも印象的。それだけみんな傷心だった (だから敢えて触れないようにしていた) のか、それとも Aramari ファンは今回まったく会場に足を運ばなかったのか。
- 「ライブを観に来た客」としては、かなりおとなしかったと思う。スタンディングライブなんて、本気で盛り上がったらふつーはその場に立ってなんていられないものなんだがな。
- 会場内での撮影は禁じられていたが、ドリンクサービスのカウンターをケータイのカメラで撮影していた人はやたらと多かった。みんなきっとブログのネタにするんだろーなぁ (とか思ってテクノラティで検索かけたらやっぱりってな感じですわw)。
その他について。
- ブラッディーステラを飲みますた。よーするにブラッディーマリー、つまりウォッカをトマトジュースで割った飲み物だった、と思う。ちなみにレヴォコーラはふつーに coke 、アビスビールはヱビスですらなくてアサヒの本生、だったことは確認してまふ。それ以外は知らん (よーするにぽけふぇす商法ってやつだ罠w)。
- 「じまんぐの世界」を購入。恐くてまだ聴いてませんw。
。。。そんなところかにゃ。
結構キツいことばっかり書いてしまったわけですが、正直、今後 Revo が、Sound Horizon が目指してゆこうとしているものが何なのかがよくわからないので、今回のライブを観ただけでは何とも評価しづらい、と言うのもあったりします。なんせ、「第2期」だとか言っておきながら、「第1期」のナンバーがほとんどだったわけで、これが刷新されてみないことには、「第2期」の真の姿ってのは見えてこないんではないかと思う。ていうか、思いたい。
なので、とりあえずは、今後に期待、ということにしておいて、当分は静観、というのが正しい距離の保ち方なのではないかと思う。アルバムが出たらとりあえずあきばお~辺りで視聴はしてみようかな、程度。そんな感じかなぁ。
Aramary たん脱退 ― 2006年04月16日 23時39分28秒
イマサラですが。。。 Aramary たんが Sound Horizon を脱退していたようです。
「任を解かれた」と「脱退」では微妙にニュアンスが違うような気もしますがそれはまぁそれとして。恐らく彼らにとって重要なのは、Aramary たんにとっての「物語世界を精一杯生きたい」、Revo やんにとっての「スタジオワークやCD制作に専念したかった」、そして事務所やレーベルの意向も無視できなくなったこと、といった辺りなのでしょう。
なかのZERO でのコンサートを観に行ったときには、本当にすばらしいステージで、メジャーデビューしたことによってこういうことが出来るようになったのであれば、それは素晴らしいことだよなぁなどと率直に思っていたわけなのですが、こういう事態になってみると、やっぱりメジャーデビューってのもいろいろと難しい部分は多いんだなぁなどと思ってしまったりもするのでございます。(;_;)/
Aramary たんには、是非、音楽は続けていって欲しいと思っています。
サウンド・ゴロ ― 2006年01月05日 10時59分09秒
突込みどころはいくつかあるのだが。。。企業が考慮しないといけないリスクの一端ってとこか。少なくとも、おいらはこれを著作権の問題であるとはとても認識できない。まぁ、15万も払っておきながら「著作物とは考えていない」なんてのが通じるわけが無いのはまったく持ってその通りな訳ではあるが、それはあくまで住友生命側の (現担当の) 誤認識やら態度のとり方が間違っているということではあるとは思うが、その回答に対していくら感情的に突っ込みを入れたところで上げ足取りにしかならんだろ。
おいらとしては、このような非常に短く、ごくありふれたフレーズが、「著作権」という名のもとに、個人もしくは団体によって囲い込みが行われ、使用が制限されていってしまうことの方が、よっぽど危険だと思う。
おいらは音楽というものに対して、「人は歌いたければ歌えばよい。好きなメロディーを、好きなリズムを、好きなハーモニーを奏でればよい。」と思っている。それは立場に囚われるものでもないし、利用形態にとらわれるものでもない。金が関わるかどうかの問題ですらないはずだ。
今後、このような認識は、「あなたが今歌っているメロディー、あなた自身が作ったつもりでいらっしゃるようですけど、そのうちのここの部分とあそこの部分はワタクシが既に作って著作権を主張しているメロディーに一致するものですわ。あなたが勝手に歌う分にはいくら歌っても構いませんけど、それを歌ってお金にしようものならまずワタクシにこれだけの使用料を支払っていただきませんと許しませんことよオホホホホホ」などと言われて捻じ伏せられる事になるかもしれない。大げさだけどな。
よーするに、「著作権」という権利を、まるで特許と同じような扱いで行使しようという考え方が、トレンドになってしまうのではないかということを、おいらは危惧しているわけだ。そんな世の中に芸術も文化もあったもんじゃない。見えてくる結果は、独裁者による言論統制の世と、大差ないんじゃないか? (だから大げさだって)
著搾権はまだ必要ですか? ― 2005年10月05日 11時25分00秒
さらに制度自体が消費者に知られておらず、またDRMなど技術的に私的録音録画の補足が可能になってきたため、「機器や記録媒体購入時にすべてのユーザーが補償金を払うべき」としていた根拠が失われつつあるとしている。
MD や「音楽用」CD-R メディアなんかを購入する場合に、保証金が上乗せされた価格になっているということを認識している人はそれなりにいらっさるんではないかと思います。ただし、権利団体が著作権保護の対象としているコンテンツの録音に用いているのでなければ、補償金は返還してもらえるということを知っている人はあんまりいないかもしれません。象徴的なニュースとしてはこんなのがあるわけですが、このニュースの出来事があるまで、補償金の変換が実際に行われるということはなかったのですから。
DRM については、CCCD が撤退傾向にあること、CD とネット経由でのダウンロード販売との位置付けなんかも十分考慮する必要はあると思います。つまり、DRM が存在することを前提とするのか、存在しないことを前提とするのか。あるいは存在することを前提として、それが技術的ライセンシーとしてどこまでを許可し、何を制限するものとして捉えるべきか、といった部分です。個人的には iTMS のような、DMP (HDD/シリコン搭載型プレーヤー) への転送は制限なしとするやり方が一番便利でかつ理にかなっており現実的かとは思いますが、一方で、TowerRecord が参入に差しあたって提携を結んだ Napster のように、DMP へ自由に転送したい人は別料金! というやり方もアリではないかなぁとも思います。そして、それらを前提とする場合には、以下のような状況が想定されるため、補償金を徴収できる根拠は無いものだと思っています (もちろん、下記の例で恒久的な所有が「不可能ではない」以上、同様の状況想定が補償金徴収の根拠であるとする見方もありうるでしょう)。
- 私的複製によって、購入者以外の個人が所有する DMP に音楽が複製される可能性がある。
- 1 で複製された音楽は、それ以外の DMP や PC 等に (デジタル的手法による劣化の無い状況で) 複製されることは無い。従って、複製を得た個人がその音楽を所有できるのは、その音楽データを (空き容量確保などの理由で) 削除するまでの一時的な期間に限られる。
- 一時的な所有は「視聴」に相当すると考えられる。これによって、複製を得た個人が音楽の購入に消極的になるとする見方はありえないだろう。
また、音楽のネット配信について、iPodなどを補償金の対象とする場合、「補償金の二重取りになるのではないか」という意見があるが、その一方で、 JASRAC関係者は「配信事業者がJASRACに支払っているのはあくまでPCへダウンロードするまでの利用料」との主張を貫いており、同関係者からは「極端な話だが、PCを通じた音楽のコピーをできないようにすれば(iPod課金に関する問題は)解決する」といった発言もなされた。
強調部分は CNET が記事のタイトルにもしている発言です。ITmedia による以下の記事:
では、このコメントが日本芸能実演家団体協議会の椎名和夫理事による発言であることが明記されています。JASRAC 関係者じゃねーじゃん>CNET (#-_-)
日本芸能実演家団体協議会の椎名和夫理事は「MDからデジタルオーディオプレーヤーへのシフトが現実に起こっているのに、手を打たずに補償金がゼロになってしまうのは困る」と、これまでの主張を重ねるとともに、「極端な意見ですが」と前置きしながらも「PCを介した録音やコピーができなくなれば問題はなくなる」とも述べた。
ITmedia の記事での記述だと、この発言が iPod などの DMPに対するものなのかどうかもアヤシイし。単純にファイルコピーによる違法コピーの蔓延のことを指して言ってるんじゃないの? (もちろん、補償金は違法コピーが行われることを前提として徴収しているものではないのだから、そうなんだとしてもおかしな発言であることには確かに変わりはないんだけど)
このコメントに関して、多くの Blogger のみなさんから、「これだから JASRAC は…」とか、「そんなに iPod がキライなのか!?」といった憤りと呆れのコメントが飛び出しておりますが、まぁ、補償金を受け取ってる 3 団体 (JASRAC、レコ協、芸団協) の中ではおそらく一番わけわかってない人たちなのだと思われるので大目に見てあげてくださいな。ていうか CNET 煽りすぎw
んまぁ個人的にはこの発言の真意はこれまでこの辺の利権団体の皆さんが一貫しておっさられていたわがままと何にも変わるところのないものなのだろうなと思われますのでいまさらぷーすか言うつもりもなかったりするわけですが。よーするに、音楽をこぴって再生できるメディアじゃないって保証があれば、補償金を取る意味はなくなるんだけどね、っていう、ある意味もんのすごく当然至極なことを、わざわざ消費者の頭に血が上りやすい言い回しでおっさられているだけで、その先にある、だからこーせなあかんという解決案がひとつも提示されていないわけですから、怒ろうにも怒り様がないってもんです。まぁ、強いて言えばもうちっと内容のある発言してみろよ、とは思うわけですが、でも芸団協でしょ、そもそも実のある発言なんて期待できねーしw。
まぁこれがレコ協関係者だったら、とうぜん iTMS の上陸に先立って、事業者としての Apple とは十分協議を繰り返していらっさることでしょうから、似たような発言をしたとしても意味合いに含みを十分に持たせることはできたでしょうね。現実的に見て、携帯用音楽メディアの主流は着実に MD から DMP へと移行し始めている。この流れ自体は誰かに止められるものではない。裏を返せば、DMP に音楽を転送することができなくなるようにするなんてことは、市場原理から考えても絶対に不可能なのは自明で、だからこそ、補償金の課金は必要だとする彼らの言い分の根拠にもなりうるわけです。何しろ彼らが、「今後 iPod の販売から補償金が徴収できるようになるという前提のもとに、iTMS という事業が日本でも開始された」と主張するならば、一応彼らの視点からは言い分に筋を通していることになるわけですから。まぁそれだったら始めっからパブリックコメントなんて募集する意味もヘッタクレも無いんだけどね。
再び CNET の記事に戻って。
今回の審議では、日本音楽著作権協会や日本芸能実演家団体協議会、日本レコード協会3団体の連名で「ハードディスク内蔵型録音機器等による指摘録音から著作権者・著作隣接権者が受ける経済的な影響(速報版)」という資料が提出された。
詳細は記事本文をごらんあれ。これについて、「何で著作権者よりも著作隣接権者のほうが金儲けてんねん」と指摘する Blogger さんもいらっさるようですが、著作隣接権者がいわゆるレコード会社の方々のことなんだとすると、営業、広告、機材調達、レコーディング、ステージの手配などなど、音楽家個人ではなかなか手を伸ばせないインフラを提供しているわけで (人脈面も含めて)、それを考慮すれば、国内だけで 2 倍程度の経済的影響しかないってのはむしろ少なく見積もりすぎじゃね? とか思ったりもしたわけですがどうなんでしょうね?
まぁ最近は録音機材もデジタル化が進んで割と安く済ませられたりするんで、録音技術をしっかり勉強すればレコーディングだけは個人でも結構立派にできちゃったりするわけですが (だから最近は同人が元気なんだな)、先日の Sound Horizon のステージとかを観るにつけ、あー、やっぱりレコード会社のバックアップってのは、音楽家がやりたいことをより大きく実現する上では重要だよなーとか思ったりするわけですよ。
続いて、この CNET の記事に対してトラックバックを飛ばしていたブログの中から、いくつか共感できるコメントを紹介したいと思います。
出た~!恐怖の既得権益発言。他に方法がなかった時代にできた補償金な訳でしょうに。常にゼロにできるように考えていくべきものでは? 今やちゃんと個別に課金できると思うけどなぁ~、本気でホンマにやる気さえあれば…。ちうか、これまでにだってそう考えて来たハズではないの?補償金なんだし。補償金が必要ない制度を目指していくのがスジやん。
おっしゃるとおりだと思います。補償金はあくまで補償金、こいつが徴収できることを前提に業界が組織されているのだとしたら、それは非常に理不尽な話です。そして、音楽の販売形態は、簡単に持ち歩ける CD という媒体をパッケージとして頒布する方法から、持ち歩くのがシンドイ PC という機材へ、ネットワークを介して直接転送するという方法へと移行しようとしています。そして、プログラマブルな手法により、ファイル単位でその利用範囲 (ライセンシー) を制御できるようになっていっています。まさに、技術面では補償金制度が必要ない状況作りが可能になってきています。
OSは知的財産権のかたまりです。知的財産権は脱工業化社会の産業の柱となるものなので、国家戦略として保護されています。独占禁止法の根本は消費者を守ることにあります。今、問われていることは次世代の産業として知的財産権を独占禁止法より上位に置くか、そうでないかといってもいいかもしれません。知的財産権が独占禁止法より上位にあるとなれば、消費者の権利が制限されるのは当然です。
その観点から考えると、今回のJASRAC関係者の発言は、それ自体が時代錯誤の発言であっても、結果として消費者の意見より上位に来てしまうということです。だから、この発言をめぐる論議は、単にiPodに録音できるかどうかといった問題ではなく、もっと深い問題につながることまで考える必要があると思っています。
音楽産業の経済効果は微々たる物だといわれています。しかしソフトウェア全般ともなれば話は違ってきます。ちょっと話はずれるかもしれませんが、そういえばビル・ゲイツもこちらの記事で、オープンソースコミュニティに見られるサポート販売モデルと、従来のパッケージ販売モデルに対する見識として、以下のように語っています。
私は常に、安価な製品を大量に販売することが重要だと考えてきました。しかし、それは無償であってはなりません。ソフトウェアを利用することによって、ユーザーは労働時間、ハードウェア、そして通信費用を抑えることができます。その総額は、パッケージソフトの価格をはるかに上回るはずです。それに比べたら、ソフトウェアの価格は誤差の範囲です。システムが顧客にもたらす価値は、システムの価格をはるかに超えるものとなるでしょう。私はひとつのモデルに固執しているわけではありません。やり方はいくらでもあります。しかし、ライセンス料を放棄するような企業が、多額の研究開発予算を割いて、大学の研究室では対応できないような困難な研究に取り組むことはないと思います。しかし、それでも問題はありません。市場には--願わくは--商用ソフトウェア産業が存在するからです。この業界で活動する企業は、長期的な視野から投資を行い、新しいブレークスルーを促進していくでしょう。
なるほど、こういうのを経済活動というんだよな、と感心させられます。人が働くのは、何も飯を食うためだけではない。もっともっと、高次元な望みがあって然るべきだとつくづく思います。まぁ、その発言が、自社が発売するソフトウェアの価格が適正であることを証明するわけでは、全然無いんですけどね。
独占禁止法に関して言えば、EU での Windows Media Player の扱いに見られるような、必ずしも消費者を保護する目的で使われていないケースもあったりして、ちょっと微妙ではあるのですが。。。
こちらは、関連記事として 1時間あれば出来るiPod課金反対のパブリックコメント提出方法>法律知識分からなくても誰でも出せます という記事も書かれております。パブリックコメント募集の締め切りは今週の金曜日まででもうあと何日も残っていませんが、文化庁に物申す! という方はぜひご一読されることをお勧めします。
期待してまっせ>たわれこ、なっぷ ― 2005年09月27日 17時00分34秒
主なサービス内容は以下の通り。
- 月額料金でダウンロードし放題、ただし解約するとダウンロードしたファイルも再生できなくなる「サブスクリプションサービス」
- 1曲99セントで永久に再生できるファイルをダウンロードできる「Napster Light」
- ポータブルオーディオプレーヤーに無制限に楽曲を転送できる「Napster To Go」
ちなみにアメリカでのサービス価格はサブスクリプションサービスが月額 9 ドル 95 セント、「Napster To Go」(携帯プレーヤー転送サービス付き)になると月額 14 ドル 95 セント(参考)。
iTMS の日本での価格設定を考えると、日本で同サービスが展開された場合の価格設定は大体以下のようになるんではないかなと予測してみる。
- サブスクリプションサービス : 月額 1,680 円
- Napster To Go : 月額 2,480 円
- Napster Light : 1 曲 148 円
個人的な希望価格はもうちょっと低めなんだが。。。甘いか? (´・ω・`)
個人的には、たわれこサイドの意気込みに期待したいところは結構ある。例えばこれ。
ダウンロードモデルに対するサブスクリプションモデルの優位性という点で言えば、数年前のエンコーダでリッピングした楽曲と、今のエンコーダーでリッピングした楽曲では飛躍的に音質が違います。今後もさらに技術革新によって音質は良くなっていくでしょう。
そうなると、「楽曲データは一時的に扱っているもの」という意識が生まれるようになると思っています。Apple CEOのSteve Jobsは「楽曲を永久的に保有できる点で、ダウンロードモデルはサブスクリプションモデルより有利だ」という話をしていますが、ある日音質が劇的に向上したiTMSが始まった場合、1曲150円で1万曲購入したユーザーが楽曲を買い換えるのかいう問題が起きてくる。一方で、サブスクリプションモデルならば、ファイルをダウンロードしなおせばいいんです。
技術の向上を認めるたびに、古い楽曲もひっくるめて積極的にファイルを新しいものへ更新してくれるということ? あるいはサーバー側ではリニアのデータがあって、ダウンロードする際に常に最新のエンコーダがフィルターとして稼動するとか(めちゃめちゃサーバー重くなりそうだなw)。あ、そもそもサンプリング方式とかが変わればリニアのデータもリマスタリングになるのか。ふむん。
最低でも100万曲は揃えたいと思っています。なぜかというと、タワーレコードの渋谷店で取扱っているCDの数は約15万タイトルです。仮に1タイトルに 10曲入っているとすると、店頭には150万曲が存在することになる。そうなると100万曲を揃えてももまだ実店舗に負けてます。音楽配信はバーチャルスペースで物理的な制約なく楽曲が置けるという点がメリットの1つだと考えていますので、少ないながらもまずは100万曲を目標にしていきます。
タワーレコードは現場のスタッフを中心にニッチからマスまで幅広い音楽知識を持っている人間がたくさん集まっています。ですから、ただ100万曲を集めるだけではなく、店舗でのノウハウを生かして楽曲とユーザーを結びつける取り組みを進めていきます。
確かに、100万曲程度では「意外と少ない」って感じちゃうものかもしれないね。特に、特定のカテゴリやアーティストなどで絞込検索が可能なシステムでは、探している物の数の少なさというのは如実に感じてしまうものだし。
通信カラオケなんかだと、曲の揃え方一つを見ても各社それぞれの特色がありますが(DAM は J-POP 中心だけどアルバムの隅っこにあるような曲も結構拾ってる、とか、HyperJoy は声優系にやたらと強いとか)、音楽配信サービスもそんな感じで、各社各様に音楽的な特色っていうかカラーみたいなものが出せると面白いんじゃないかなぁなどと思ってみたりしています。





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