Winny 判決要旨2006年12月14日 00時38分17秒

結局、外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様によると解するべきである。

被告の捜査段階における供述や姉とのメールの内容、匿名のサイトでウィニーを公開していたことからすれば、違法なファイルのやりとりをしないような注意書きを付記していたことなどを考慮しても、被告は、ウィニーが一般の人に広がることを重視し、著作権を侵害する態様で広く利用されている現状を十分認識しながら認容した。

(中略)

ただし、ウィニーによって著作権侵害がネット上に蔓延(まんえん)すること自体を積極的に企図したとまでは認められない。

なんとも中途半端な判決内容です。どうせ有罪にするならば、はっきりと「幇助を企図した」と認められる証拠があった、だから有罪だ、という判決内容にして欲しい。

その証拠が発言の中において認められたにせよ、機能・設計の中において認められたにせよ、証拠とされるものの内容がはっきりとしていれば、自己の開発活動における、「ここまでは大丈夫、ここから先はダメ」という線引きが出来るわけで、問題は無いのですが、今回の判決内容のような、「積極的に企図していた訳ではないっぽいけど、でも本当はそうなることは分かってたんでしょ」みたいな内容で「有罪」ということになると、似た様な状況というのは起こらないとは言い切れないわけで。。。

そういう意味では、高木センセーの以下の主張は、圧倒的に賛同できるわけです。

なぜ彼らが危機感を持ったか。それは、「squirt」で削除要求を無視するチェックボックスにチェックを入れる行為は、「私はそのファイルを公衆送信可能化する意思があります」という利用者の意思表示になるからだ。

Winnyは、そのような意思を隠せる、あるいはそのような意思をあえて持たないでいられるように工夫されたシステムであったからこそ、今の日本の法制度上、普及したのであり、この性質をなくせば使われないのであるし、この性質をなくさない限り、情報流出事故の被害拡散の防止が実現できない。

つまり、この性質を備えるソフトウェアの使用を法律で禁止する立法を検討するべきだと私は考える。(「squirt」はこの性質を満たさないので対象外となる。)

Winny のキモは、以下の機能および性質の組み合わせにあると思っています。

  • 匿名性。
  • 中継ノードにおける自動的な (制御の利かない) ファイルキャッシュ。
  • Winny ネットワーク上を流通するファイルを (第三者が) 削除する手立てがない。

この 3 つの性質の組み合わせについてのみを、特別に違法であると定義する法の制定が行われるのであれば、おいらとしてはいろんな意味で安心なのです。まぁ、確かに個人的には、現行の著作権法については文句の一つも垂れたくなる要素は盛りだくさんな訳なのですが、流通しうるデータというのはなにも著作権的にやばいデータということには限らないだろうし (児童ポルノとか、個人情報とか、マルウェアとか)、Winny の上記の性質について言えば、それらのコピーを量産し配布する片棒を担がされるわけですから、これが「機能として違法である」と定義されることに対して、それなりに納得は出来るわけです。

「あぷろだだって違法コピーとかの温床じゃん」っていう人も多いけど、逆にいえば、本来ならあぷろだとかで十分なはずで、でもあぷろだだとばれたり消されたりするリスクがあって、それが嫌だから Winny に流れたわけでしょ?

でも、今回の判決内容を見る限りだと、あぷろだ程度であっても、作れば今後は違法とみなされかねない、それぐらい曖昧な判決内容だったわけで。。。

まぁ、とりあえず、控訴審を待ちますか。

そも、この国の「表現の自由」って、かなり限定的じゃね?2006年12月14日 10時48分39秒

日本国憲法には
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
[日本国憲法より引用]
とあるのだが。法治国家としてはゆゆしき事態では。

私もこれに全面的に同意する。

ソフトウェアというのは、道具である以前に表現なのではなかったのか?

Matz 氏の日記で言及していたのは、Winny そのものについてというよりは、金子氏の (著作権法に対する) 「挑発的な態度」についてなのであって、「ソフトウェアは表現である」という主張に沿ったものでは必ずしもないように思うのですが。。。

そういう意味でも、Winny 裁判は (そもそも立件からして) 不当なものだ、という意見 (の方向性) には賛成なのですが。

みなさんに、問いたい。ソフトウェアの作成および公開は、「表現」なのかそれとも「行為」なのか。

おいらは基本的には「作成」も「公開」も表現であると思います。但し、複製は製造に当たるため、「行為」とみなされるという可能性は否定しません (だからと言って、ダウンロード、即有罪、という運用を肯定する気にはなれませんが)。いずれにせよ、開発者にその罪が問われるべきではなく、あくまで利用者に問われるべきです。悪用する為に複製するのは利用者であるわけで。。。

ただ、表現の自由ってのは、少なくともこの国においては、もとよりかなり限定的であるように思います。原則的に、ポルノの製造・販売は禁止されていますし (それでもエロ本・エロビデオ等が売られているのは「修正入れたものは完全なポルノではない」という理論に基づく)、児童ポルノに関しては (不完全なものであっても)、児童売・買春の現場に児童を介在させることの違法性を根拠に禁止されています (これについてはそもそも「行為」を伴う「表現」である為、制限されて然るべきとする見方もありますが…)。

名誉毀損や侮辱罪により訴えられるケースもありますし、ネット上での脅迫行為が罪に問われるケースも出てきています。表現・報道・発言を完全に自由とするならば、これらのすべても罪に問われるべきではないでしょう。

「表現なのだから許されるべき」という主張は、「公共の福祉に著しく反する」という根拠が示されることで、割と簡単に覆されちゃうのが実情なのではないかと思います。金子被告が引き起こしていたのは、実質、著作権法等に対するサイバーテロリズムであった、というのは間違いないのです (その明確な意図が本人にあったかどうかは別として)。

但し、そうしたネガティブな事情を汲んだ上においても、おいらは金子氏はやはり無罪が認められるべきであると思っています。政府としては、「禁止すべきプログラム」の機能を定義した上で、その「利用、および配布を禁止」とする法を確立すべきです。そして、そのような法が存在しない状況で逮捕してしまった金子氏を、有罪認定しうる法は、現行法においては存在しないのです。

プログラムは表現であることは確かですが、それが道具たり得る以上、禁止されるべき機能に関する法の整備は十分に行われなければなりません。その為には、「プログラムは表現なんだから (あらゆる) 自由が保障されるべきだ」と突っぱねるだけではなく、法曹と技術者が互いに歩み寄る必要があるのではないかと思います。

まぁ、はなっから歩み寄る気のないまま見切り発車で逮捕しちゃったのはそっちなんだから、っていう気持ちも、もう物凄く痛々しいほどよく解るんですけどね。。。


Thu Dec 14 16:48:01 JST 2006 - 追記

はてブ覗いてみたらこんなんめっけた。

 さらにもう一方、表現と行為の区別も曖昧になっている。さきほど述べたコンピュータウィルスの問題です。ここでは表現の自由という反論困難な近代法の大原則がもたらす、表現に対する法の不可侵性を足がかりにした表現的行為が、法を存立させていた中心的な部分を無効化しつつあるのではないか。コンピュータウィルスはプログラム言語による表現でありながら、特定の結果をもたらす行為として機能する表現的行為である。近代的な刑法の枠組みにおいて、表現は、表現の自由の保護下に置かれているために規制の対象としにくい。ウィルスをばらまく人たちの言い分は、「俺たちはただウィルスを表現しているだけだ。行為はしていない」というものだからです。

 このように、コンピュータの社会への浸透によって、行為と存在と表現が完全に融合した世界に私たちは突入しているわけです(図:行為/存在/表現の三項図(2):情報化によって)。特にそのなかでも、表現という領域が法の世界において不可触領域として放置されてきた。この表現領域が他の領域と融合してくることで、問題がこじれてしまっている。表現の自由という近代法が強固に奉じてきた理念が、法が侵入できなかった領域へ法を展開するための回路として用いられ、逆に、法が規制できていた領域に法が侵入できない結界をつくるための護符として用いられる。そうだとすれば、表現の自由という近代的理念を私たちはいよいよ見直し、新しいマトリックスをつくる必要があるのではないか。これがいいたかったことです。

んー、マルウェアのような、利用者が利用してしまっていることに気付かないまま被害を被るタイプのプログラムについては、これ (すなわち「表現的行為」という解釈) でほぼ納得がいくのですが 、Winny みたいな、利用者の責任で利用した結果、利用者や第三者に被害が及ぶタイプのプログラムの場合はどうなんだろ? 利用者に責任が及ぶ時点で、開発者に対して「表現的行為」の責を求めるのは難しいんじゃないかなぁ。

それから、こんなのもめっけた。

ベッチーおもしれぇよベッチーwwww

今回の判決は、ソフトウェアの開発者が有罪となるという全世界的にも稀な判例になったわけで、我々ソフトウェア開発者には極めて厳しい判決だ。このことは、我々、先輩プログラマー、日々プログラミングで生きているプログラマー、そして未来に生まれてくるプログラマー、すべてに重大な影響を与えるこのような判決を裁判所から引き出してしまった金子君の責任であることは間違いない。その意味でも金子君には深く反省してもらいたい。

よーするに、「出る杭は打たれるんだから、開発者ならもっとうまくやれよ」という先輩からのアドバイスですな。はてブ覗いてみると真面目に「正論だと思う」とか言っちゃってる人とかもいて、激しく片腹痛い。

いずれは問題視されるべき法的領域について立法の怠慢があったことを棚に上げ、その領域を率先して広げてしまったがゆえに誤った判例が出来上がってしまった責任を行為者一人に押し付ける。。。まさしくビバ日本、村社会、ってやつですな。

知らなかった。。。2006年12月14日 20時43分21秒

ActivePerl に PPM なんて便利な代物が存在していたとは。。。

つか、自分でコンパイルする必要すらないんじゃん。泣きそう。。。(づД`)・。

# もちろん、自分でモジュールを開発する場合にはその限りではないが。

ゴメンナサイm(_ _)m2006年12月14日 22時04分22秒

いいネタが思いつかないので、今週の Perl プログラムはお休みします。。。m(;_;)m

いちおう、Win32::GUI とかぶち込んでいろいろと動かしてみたりしていたのですが、ダイアログ操作以上のことが出来るわけではないらしく (GDI すら使えないんじゃお話になりませにゅ。。。)、使えればこいつでちょっとしたゲームでも、とか思っていたわけですが。。。

個人的収穫としては、PAR なんてものを見っけたりして、やたらとでかい実行形式ファイルとかでっちあげて面白がっていたりしていたわけですが。。。