純資産の蓄えがある大手 SI はこの機に事業を創出するべき。2009年01月13日 10時26分32秒

とりあえず、池田某が流行らせた「ノン・ワーキングリッチ」という用語についての欺瞞は、既に小倉弁護士が喝破しています。しわ寄せの矛先を労働者に向けようなどという前提であるならば、その経営は既に失策であり、破綻していると評価せざるを得ません。

もちろん、 Programming First を訴えるひがさんのことですから、プログラミング経験の薄い技術音痴 SE を「ノン・ワーキングリッチ」だと揶揄したい気持ちは解らないでもないのですが、一方で彼らを技術音痴のままよしとしているという事実があるならば、それこそ個人の責に比べて経営の責は大きく、そうした社員の生活を企業が保証できないのであればこれは筋が通らなくなります。

実際、コの業界ではプログラミング経験はキャリア形成の一側面としてしか捉えられておらず、必ずしも最重要視されている訳ではありません。むしろ、人を動かした経験のない人間が独立起業して余所から仕事を得ようとすると、非常に苦労を強いられることになります。

それでも、会社存続のためには、社員にもある程度の負担を強いる必要があるのだとすれば、それはある程度は致し方ないことです。そのやり方は会社によって様々でしょうし、そういった会社に所属している訳でないおいらが口を挟むべき事ではないのかも知れませんが、少なくともコの業界に、そしてその会社内において通用してきた文脈、過去の経緯に対して、論理的に納得のいく査定に基づき、給与の変更や人事等が執り行われるべきでしょう。その責任に経営が大きく関与しているならば (これはおそらくすべての SI 企業に普遍的に言えること、と断言してしまっても過言ではないでしょう)、まずは経営陣の査定こそ、盛大に行われるべきなのは当然のことです。

そういった意味では、例として上げられている日本電算のような経営手法は最低限のものであると捉えられるべきです。この不況下ではこの程度の態度でも輝いて見えてしまうものなのでしょうが、SI 業界に絞っていうのであればこれだけに話を止めるべきではないのではないでしょうか?

SI 業とはオーダーメイド開発サービスであり、BtoB の業態を前提としたものです。オートメーション化の対象は官公庁から企業会計、金融システムに医療システム、交通機関から機械制御、POS システム等に至るまでさまざまであり、カバーする範囲が広いので、ある業種が廃れても別の業種から仕事をもらえれば、という意味では廃れにくい業種ではあるのですが、本質的には人を動かして下請け的な仕事の取り方をする業種なので、今回のように業種を跨いで全般的な不況ということになると、見ようによっては人材派遣業などと同様の皺寄せが襲ってくる業種である、ということもできます。さらに、ひがさんもご指摘のように、SI 業自体が上流工程と下流工程に分離していて、下流工程はガチで上流工程に対する下請けとして成り立っているので、真っ先に影響を受ける (身も蓋もない言い方をするなら、「切られる」) 対称となりかねない、ということになります。

そうした環境の中で、それでもこうした会社が SI 業のみに拘りつづけるのであれば、それは愚かしいことであると断じざるを得ません。実際問題として事業が打ちきられ、人的資源が余ってきてしまったときに、それを単純に経営圧迫と捉え、人を減らし、あるいは給与を低減することでそれを凌ごうと考えるのであれば、そのような経営を取る経営陣は無能であると言わざるを得ません。

もちろん、会社規模が小さく、利益余剰金の蓄えなど無いような企業が、単体でそうした方策以外の策を採ることは難しいでしょう。そしてそのような企業が、人を動かすことはできるがコンピュータを動かすことはできないというタイプの人材しか抱えていなかったりする場合には、申し訳ないが沈んでいただくより他無いのではないかと言わざるを得ないです。それはあまりにも技術を軽視しすぎた結果であり、危機感が無かったと言わざるを得ません。諦めて次の人生を考えた方がよろしいでしょう。

しかし現実には、会社規模は小さいが、下請けとして下流工程に取り組みつづけ、技術的蓄積がしっかりした企業というのも、少なくないはずです。そうした企業が、今回の不況に煽られ、潰えてしまうということが起こるのであれば、それは非常に忍びないことです。

一方で、上流工程を主戦場とする、大手と呼ばれる SI 企業においては、これまでの有利な立場から多くの利益を上げ、純資産の蓄えもあるはずです。主だった企業として、以下の5社の財務・業績データを参照してみましょう。

もちろん、すべての大手が順調にうまく行ってきた訳ではありません。 2007, 2008 年に関していえば、富士ソフトやトランスコスモスのように、黒字ではあったものの、利益が圧迫され、純資産を減らした企業もあったようです。

おいらは元々富士ソフトの社員だったので、富士ソフトの歴史についても聞かされたことがあります。あんまり覚えてはいないのですが (苦笑)、やはりバブル崩壊時には経営が圧迫され、苦労を強いられたという話もありました。おいらが当時の富士ソフトの経営陣を尊敬できるのは、そうしたときに、仕事が無くなって手の開いた社員に、この際だからと自社内のシステム構築に従事させたという逸話があることです。そういう大変な時期にほぼ重なるように、東証二部上場を果たしてもいる訳ですから、その点に関しては大したものだと評価したい。

しかし心配なのは、その後、就職氷河期にも関わらず多くの新卒・中途採用を行い、大量の人材を抱えた富士ソフトさんもまた、基本的には上流指向の強い会社であったということです。おいらたちの代でも例に漏れず、プログラミング技術を要する仕事に従事する機会をあまり得られないまま、早いうちに設計や管理や保守や窓口の仕事に回される人も少なくなかった。事務雑用 (文書作成) に追われていたと思ったらサブリーダーにさせられていた、とポルナレフ状態だった人も結構いたはずです。適材適所という言葉があり、プログラムを書かせるより早めに管理や交渉の仕事に回した方がいい人というのも確かにいるにはいたでしょうが (実際、プログラマーになりたくてこの業界に入った訳じゃないって人も少なくなかった)、その一方で運に恵まれず機会に恵まれなかったという方も少なくない。そうした人々を大量に抱えたまま今を向かえてしまったというときに、果たしてかつてバブル崩壊時にやったのと同じように、人を使いつづけられるのかというと、確かにそれは難しいでしょう。

それでも富士ソフトの場合はまだ社内に自己研鑚の風潮が根強く残っている部門もあるし、それなりに技術を身につけている人もまぁまぁいるのでマシな方なのかも知れません。一番悲惨なのは…、まぁ、個別の企業について語るのはこの位にしておきましょうか。

何よりこうした企業に早急に求められるのは、犠牲をいとわず技術を重視した方針転換に乗り出すことです。そして可能な限り SI からの脱却を計り、人的資源以外の商品を多くこさえることです。それは、ソフトウェアベンダーとしてパッケージ製品を世に送り出すことであり、あるいはオープンソース開発への取り組みに参入して社の技術力を世にアピールすることであり、さらには Web サービスの展開を通じてメディア市場を開拓することでもあります。他にも様々な可能性を視野に入れた上で、技術開発・研究に投資をしてきた企業こそ、生き残る可能性は高くなるでしょう。

しかし、現実問題として、ひがさんも指摘されている通り、今から技術開発・研究に投資しようにも、そうした人材を育てることをしなかったこれらの大手 SI 企業が、今更そのような方針転換を果たすことなどありえないのではないかという見方もあります。正直な所、おいらも無理だと思っています。彼らだけでは

そう。彼らだけでは無理なのであれば、そういう技術開発・研究に投資し、強い独自商品を抱えている中小の中にも、今回の不況に喘いで資金難に陥っている会社はたくさんあるはずです。そういった企業に手を差し伸べてみてはどうでしょうか? そして、そういった企業に見習い、今からでも、技術を貪欲に吸収し、共有していく。技術を磨くという風土を企業内に広げ、それを主だった評価軸として査定を行い、給与や人事に反映していく。そうやって社内を磨いていくことで、より強靭なソフトウェア・システム開発企業へと育っていくことでしょう。

今こそ、コの業界を代表する企業としての、真価が問われるときなのですから、経営者の方々には、現場とよく協調し、真摯に取り組んでいただきたく存じます。

「10年泥」でもいい。技術を大切に育ててほしい。