あのとき、言えなかったこと。2006年07月22日 01時30分24秒

それは、まだおいらの第一人称が「僕」だったころの話だ。話の流れはまったくといっていいほど覚えていない。覚えているのは、妹が泣いて、兄貴が妹をかばって親にほえていたこと。それから、母親が父親をかばい立て、息子であるおいらに同意を求めたこと。そして、内心では最低な気分を味わいながら、ただただ、出されたお茶をすすることしかできなかった、「僕」がいたことだ。

自分で金を稼ぐようになって、おいらはほぼ自立し、実際家を出た。米の援助は受けているが、親の支配からは解き放たれている。まったく一人で生きているとはこれっぽっちも思っていないが、かといって、今、両親がくたばったとして、自分が生きてゆけなくなるとは、やはりこれっぽっちも思っていない。

今はそんな感じだから、もう取り立てて、いまさら騒ぐようなことではないし、実際なんとも思っていないはずなんだが、それでも、あの日の光景は、おいらの脳みその片隅にこびりついたまま、どうしても拭い去ることのできない何かを残してしまっている。それだけは確かだと思う。

「ああ、そうだね。確かに僕は、父さんと母さんの支配を受けて、この家で生かされている。僕はそのことにとても感謝しているし、おかしいことだなんてこれっぽっちも思わないよ。今、この家から出て行って、寒空の下、食うものもなしに彷徨い野垂れ死ぬくらいなら、この家でおとなしくあなたたちに従って、生かされ続けたほうがよっぽどましさ。」

「僕」が涙を飲みながら、言えなかった言葉を今、書き表すならば、大体こんな感じになるだろうか。もちろん、この言葉がそのまんまその通り本意であるわけもなく、あのときここまで口が回っていれば、きっとその後に「父さんも母さんも大っ嫌いだ!!」と続けてさっさと布団に潜りに行っただろう。

今、この歳になって、そんなことをいちいち蒸し返そうなんていう気はこれっぽっちもない。それどころか、本当ならこんなこと、もう触れたくもない。実際のところ、本質的には、単に父親が口下手で、思ったことをそのまんま口に出してしまうくせに言葉が足りないタイプの人間であることは大体知っているので、おいらの記憶にも誤解している部分は結構あるんだろうとも思う。例えばおいらが自分に子供ができたとして、同じような局面に直面した場合、子供の我侭に対して (あるいは我侭ではないにしても)、その物事だけに特定した上で、「それがおいらがあなたの親であることとしての責任なんだ」と説明するようにしたいとは思っているけど、正直自信ないしね (そもそも自分に子供ができる、っていうシチュエーション自体ね…T-T/)。

もし、おいらがこの歳になっても、こういうことに悩み続けながら、自分の血縁との間に、付き合いとして、何らかの我慢を強いられ続けながら生きてゆかなければならないんだとすれば、それはおいらにはとてもとても、辛くて耐え難いことだと思う。そして、それが分かっていたからこそ、おいらは容易く家を出る選択をした、という側面もあるのだ。