結局はユースケースが練られていなかったってこと。2006年02月03日 01時31分35秒

不具合の原因となったプログラムは、2000年5月の売買システム刷新の際に、富士通が開発したもの。「富士通による開発過程において、本事象が発生するような条件に対する考慮が十分にされていなかった」と、富士通にも責任があることを明確にした。その上で、「東証のテストでも本事象を想定しておらず、不具合を発見できなかった」と、東証側の責任も認めた。

こういう機能が欲しい、という類の要望を機能要望というのに対し、こういう動作をされると困る、という類の要望を潜在要望などと言ったりします。

後者は顧客の口からは出ないことが多いのですが (親切に教えてくれることのほうが激しく稀)、機能要望からユースケースを組み立ててゆく作業の中で、おのずと見つかり、形作られてゆくものです。もちろん、このような作業は、開発者側と顧客側 (より正確には、ソフトウェア技術の専門家と、対象となる運用内容の専門家) がお互いに情報を出し合い、協力し合って作るものであり、ユーザーはシステムのことは良く分からないからソフト屋に丸投げ、ソフト屋は運用のことは良く分からないから寄越された要望のリストに書いてあることだけが嘘にならない程度のシステムをでっち上げ、なんてことをやっていれば、今回のような事故はもう枚挙に暇が無いってくらい頻発していてもおかしくないわけですな。

だから両社ともにそれなりに責任は負わなきゃならないってのは、まぁ至極当然っちゃ当然なわけで。

もっともシステム開発請け負ってるのは不治痛なんだからもちっとプロ意識見せてユースケース練って不明瞭な部分の洗い出しを徹底してもよかったんでないの? とか思うわけで。別に東証に責任押し付けるつもりは無いんだろうけど、引き下がるべきところはさくっと引き下がっておかないと、何処も怖くて御社に仕事出せなくなってしまいまっせ。まぁ、その方が社員は監視付きのトイレの便器で真夜中にべそかいたりせずにすんでいいのかもしれんけんども (-_-)

徒然2006年02月03日 19時52分41秒

言いたいことがあるけど言わない。書きたいことがあるけど書かない。この手の生活もあと数ヶ月でオサラバだと分かっていながら、まるで浮かばない体で海底を歩くかのように時の流れは緩慢になり、腹の底から相変わらず湧きあがってくる苛立ちと格闘しながら手を動かしている。視線はうつろ、口は半開き、股下にズボンが食い込んでいるような感じがものすごく気になって椅子の上でジタバタジタバタ、やたらと動作の重たいテストツールに苛立ち、しばらく切っていない髪の毛の邪魔くささに苛立ち、テスト用マシンを導入したために corega の安い CPU 切り替え機を噛まさざるを得ずデジタル接続をあきらめた液晶ディスプレイの画質の悪さに苛立ち、一つ操作をミスっては愚痴をこぼし、一つバグのためにテストが先に進めないことに気付いてはまた愚痴をこぼし、そしてまた一つテスト仕様書の予想結果確認項目に事前に行うべき操作が書かれていた事に後から気付いたために発生した数十分の手戻りの為に「誰だよこのテスト仕様書いた奴ヨォ!」とさすがにちょっとだけ大きな声で悪態をこぼし (やっべ絶対聞かれた 'A`)、そんな自分の、あまりの挙動不振っぷりにやっとのことで気が付き、もっと早くそうしていりゃあ良かったのに周囲を窺いながらひっそりと、かばんの中から 1 錠だけ取り出した頓服を急いで口の中へと運び、仕事を続けるふりをしてマウスを握り締めながら、画面を流れるメモリーエラーの警告の羅列をなんとなーく眺めたりして。夕べは完全に寝不足だった。調子悪くなるのはあたりまえだ。もうね、どうでもいいよ。こんな仕事、失敗しちまえばいいのに。なんて。

産休で入れ替わりの協力会社さんの送歓迎会をやるんだそうだ。おいらも参加する予定だったんだが、体調不良を理由に参加を断った。今、職場にはおいらが知っている人はいない。そしたらなんだか一気に気が楽になって、今こうして、ブログを書いている。だからこの記事は発信ではなく、単なる書き殴りで、晒し者なだけなのだ。

人に頼りにされるのが辛い。おいらが報告した不具合を、おいらの手が空かないことを理由に、その修正確認作業を他の人に分散してお願いしているのだが、仕様を把握できている人間が少ないので、不明瞭な部分をおいらに聞いてくるのだ。ちょっと前までのおいらだったら、そういうのは喜び勇んで説明しに行った。いまやそういうことのために席を立つこと自体が億劫で、しんどい。

会議はもっと辛い。その場に居合わせるのが辛い。自分が何かを報告している間はどっちことないんだけどね。会議という場の中で、手持ち無沙汰にしていると、激しい焦燥感に駆られて視界がうつろになり、早く終わってくれとばかり脳内で念仏を唱えるようになる。こういう辛さを味わうようになったのもここ数ヶ月のことだ。

このままこの手の生活を続けていれば、おいらも多分、やばいことになってしまうのだと思う。早くこの場から立ち去ろう。そして見た目には堕落しても、そして本当に堕落しきったとしても、おいらはしぶとく、無様に生き続けるのだ。